A  固定資産の再評価 (Revaluation of Assets)

1 問題の分析

 日本における企業が相当以前に取得した建物、機械、およびこれに類する耐用年数の長い資産については、その後行われた減価償却額を取得原価から差引いたものが現在その帳簿価格となっている。この間に物価水準は著るしく上昇したのである。課税所得の算定にあたっては、毎年総売上金額から差引かれている減価償却額は、単に名目的な過去の古い原価を反映しているに過ぎず、投資の真実の価額を表わしていない。

 このように算定せられた利益の相当部分は所得税、法人税によって取上げられている。残余をもってしては、おそらく企業における建物、施設およびその他の産業資本を現在の水準で維持するには不充分なものであろう。

 1940年以前に取得された資産について行い得る減価償却は現在の貨幣価値に徴して殆んど皆無に等しい。その後における物価水準は概ね百倍ないし二百倍の上昇率を示している。実際において、1940年以前に取得された資産については、減価償却は殆んど認められていないといっても差支えないのである。

 従って、企業資産が、全体として、それを現状のまま時価で取替える価額に相当する共通な水準まで再評価さるべきことが主張されてきた。この再評価後の数字に対して通常の減価償却率が適用されることとなる。この結果課税所得は著しく減少し、場合によっては損失を生ずることにもなろう。

 しかし、もし企業がこのように、その資産の価値を帳簿上評価替えすることが認められるとすれば、その企業の総資産価値は、旧価額の数倍以上に増大することはもちろんである。しからばこの評価替えは価値ある所得であるか、そしてそれはかかるものとして課税すべきか。もしそうであるとすれば税はすべてこれを一年以内に賦課徴収すべきか。

 このような帳簿上の価額の評価替えは殆んどまたは全然といってもよい程に実質的な利益を反映しないのであって、単なる貨幣価値の下落による架空利益でしかないのである。第五章にも述べられている通り、われわれは原則として、この種の利益を課税所得とみなすことには不賛成である。しかし、もし他の納税者がその資産を譲渡した際に生じた架空利益に対して既に所得税を納付していたとすれば、今ここに企業について帳簿上の再評価に対する課税を全面的に免除することは公平ではないであろう。更に債券のような確定貨幣債権の所有者については貨幣価値の下落は考慮されていない。かかる債権者は、実質価値において資本損失をこうむっているが、このような損失は所得税の課税上考慮されていない。

 以上のことは、それのみを考えるときは、再評価はこれを認めるべきでないという結論か、またはもし認めるとしてもその影響を受ける企業が殆んどなんらの利益を得られない程度に重く課税すべしとする結論に到達する。しかし、実際においては、過去数年間における名目的な譲渡所得に対する課税は不規則であったようである。最近数年間において、資産の譲渡より生ずる架空利益に対して実際に税を納めた企業が幾つあるかは疑問である。

 今一つ考慮すべき点は、再評価を認めないことまたはかりに認めたとしてもこれに課税することから生ずる経済的影響である。多くの企業の現金保有状況は現在のところ必ずしも満足すべき程度のものではないし、またこのうちの若干の企業は、借入または在庫品の売却によって現金を更に調達することが困難ないし不可能であろう。それにもかかわらず少くともこれらのものの一部は、もし帳簿上の評価替えに対し相当大きい納税を強いられる場合または時価に基いた償却が認められない場合、敢えてそれをしなければならないのである。税の大部分は、恐らく資本のうちから捻出されるであろう。

 所得税法人税は強力且つ適応性のある財政手段ではあるが、それは決して十年の間に二百倍もの騰貴率を示すインフレーションに堪えるようにでき上っているものではなかった。今われわれがここに当面している問題は納税者相互の公平という要素が著しく錯乱し、しかも再評価の経済的影響が恐らく結局のところ有益であるというような問題である。我々のなし得ることは、だた最悪の不公平を除去するとともに予想され得る最大の経済的利点を保留し得るような妥協案を勧告することである。

 われわれは、再評価が必要であるとの確信を持つものである。再評価が個人企業および法人の両方において速かに実施され、再評価差額に対し六%課税すべきことを勧告する。減価償却のできる資産(「減価償却のできる資産」とは、この章においては除去し得る資産をも含む。)の再評価差額については、六%の納税額は次の要領によって納付さるべきである。すなわちその半額はこれを1950-51会計年度内に納め、四分の一をその翌年度内に更に残り四分の一はこれを翌翌年度内に納めることとする。土地その他、減価償却不可能な資産については、その土地が売却されまたは、贈与もしくは遺贈によって処分される迄は六%の税はこれを納付しなくてもよいこととする。その時において、再評価価額を基準として計算した譲渡所得または譲渡損失は課税標準として所得税、法人税の申告に含められるであろう。

 再評価は、1949年7月1日現在でこれを行うものとし、再評価の申告は、1950年9月1日迄にこれを提出することとすべきである。但し農民およびその他の特定のものについては、本勧告の付録に示す通り、相当な猶予が与えらるべきである。

 再評価は、所得税法人税のもとにおける税務行政並びに納税協力の徹底的改革が必要であるので、必要なのである。かかる改革への重要な段階の一つは企業経理の基準およびその実施を大いに拡張し改善することである。このような目的は、企業が今日となってはほとんど意味のない過去の古い原価を基礎に減価償却を続けていかなければならないといい渡されたとすれば、恐らく達成されないであろう。
われわれは原則として再取得価額に基く減価償却には賛成するものではない。しかし、貨幣単位がその旧価値の二百分の一迄も低落したことにより過去の古い原価に基く減価償却はほとんどその意味がなくなったことであり、減価償却を何んらかの方法によって現行の物価水準に関連せしめることが必要である。

 同時にまた企業が所得税、法人税を納付するために余りにも多くの現金を失う結果、その使い果した資産を更新する力を失うことを防止するためにも再評価は望ましいことでもあり、必要なことでもあるといえる。このような現金の消失は、古い基礎に減価償却控除を制限することによっておこり得ることである。

 しかし、われわれは、同時に、既に実現された譲渡所得を有する者に対して採られた税務上の取扱いに鑑み、更にまた収入が固定している財産の所有者の蒙むった実質的損失が考慮されていない事実に鑑み、再評価差額の全額に対して何等課税しないということは余りにも行過ぎであると信ずる。

2 勧告

 具体的には、われわれは、次の通り勧告する。

3.再評価が収入に及ぼす影響

 再評価が完全に実施される場合においては、減価償却のできる法人資産価額の増加は約一兆円になる。従って法人資産の再評価差額に対する六%の課税は非常に完全な再評価が行われるとすれば約六百億円の収入をもたらすことになる。本報告の他所に述べる通りいずれにせよ超過所得税が廃止されるということを考慮に入れれば、減価償却の増加はやはり法人税の収入を税率三十五%で最初の数年間は年二百億円程度減少せしめることになる。この減収は、資産の廃棄に伴って減少して行き、十年後においては半減するかも知れない。減収二百億円は、法人の超過所得税を廃止することによって百億円の減収をきたした後における税率三十五%による収入を四百億円と仮定し、これに対する減収である。

 もし評価差額に対する六%課税額の二分の一が1950-51年度内に納付され四分の一がそれぞれ1951-52、1952-53年度に納付されたとすると、その結果を総合すると、第一年度において百億円の増収となり、以後二カ年間は各一年毎にそれぞれ五十億円の減収となる。第四年度においては収入の純損失は二百億円となるが、それ以後の年度においては減収は年二百億円から漸次減少して遂には全く無くなる。この全期間を通じて再評価の結果相当な純収入減をきたすことになる。
実際に再評価を行わないと、法人税は真の純所得とみなされるものを遥かに超えて課税することになるとの理由をもって再評価を弁明するならば—われわれもまた同意見であるが—このような減収をきたすことは当然である。

 個人の再評価差額に対する課税総額は約百億円となるが、所得税における減価償却の増加による減収は年約五十億円となる。

4 再評価差額に対する税率

 再評価差額に対する六%の税率は、機械的な算定方法によらず、かかる再評価差額に対する課税の賛否両論の幾つかを秤量して到達した結論である。納税者の純益は、一見したよりも若干少いものとなる。資産の多くは相当の廃物価値を有しており、従って残余の償却額はそうでない場合に感ずるであろう程多くないのである。更に資産の多くはその耐用年数が盡きようとしている。一般的にいって納税者は資産の残存年数が長ければ長い程有利なのである。評価差額に対する税率はそれが再評価を阻害することなく、同時にまたそれが過大評価を効果的に阻止することのできる率に定められることが必要である。われわれは、六%の税率は極端な過大評価を阻止するに充分であり実質的な公平を達成することにできる限り接近し、更に過渡期における予算上の要請を満たすに必要な収入を確保し、しかも一方納税者が妥当な水準まで再評価を行うことを必要以上に阻害するものでないと信ずる。

 われわれは最近においてインフレーションを経験した諸外国の所得税法のもとにおいて採られた再評価に関する措置を研究した。しかしそれらは日本における措置に対する指針としては余り利用価値がない。
これは一部は日本のインフレーションの大きさにもよるが、一部は、ここで再評価に関する規定が譲渡所得および譲渡損失に関する規定と一致し、且つこれを補うものであることを確かめる必要があるからである。たとえばベルギーにおいては、再評価差額に対して課税せずして、再評価が認められたが、この場合、再評価後の新しい価値が1939年のフランで表示された価額の二倍半を超えることは、認められなかった。更に耐用年数の長い事務所または小売商店の建物には再評価は、許されなかった。後者のような制限は、日本の税制に入れる余地はない。というのは、資産が売却された場合、譲渡所得および譲渡損失を考えるときに矛盾のない取扱いが必要であるからである。可能な範囲において、われわれは示唆を得るために再評価に関するフランスおよびイタリーにおいて最近実施された法令を参照したが、大体においてこれまで発展してきた日本の現状によりよく適合した規定を考えなければならなかったのである。

B 在庫品の価格差益課税 (Inventory Profit Tax)

 現在、物価統制令の下においては、公定価格が上れば、六十六%三分の二の特別税がすべての納税者の在庫品の価格差益に課税される。

 いわゆる価格差益の残りには、課税上現在認められている唯一の方法である加重平均法(平均原価)のよって遅かれ早かれ所得税または法人税(超過所得税を含む)が課税される純所得に含められる。

 正常の在庫品に適用される場合、少くともこの在庫品価格差益課税はただ名目上の或いは擬制の差益に課税されるのであって、実際の経済的な利益に課税されるのではない。価格差益課税を存続するということは経済の復興と矛盾する。特に在庫品の評価益が、現行法人税の下においては、加重平均在庫計算方法を用いて、課税せられているからである。

 一見すると、価格差益課税は、各国で課税されている在庫品課税に類似していると思われる。しかしながら一般には価格差補給金の廃止による在庫品の価格差益金を除いては類似品は存在しない。というのは、在庫品課税は特別の課税物品の製造或いは生産に対して新規にまたは増税することから生ずる思いがけない儲けに課せられるものであるからである。製造業者や小売業者が、税を支払わずに彼の在庫品に、より高い価格をつけることを許すことは、全く思いがけない儲けを与えることになる。この在庫品課税をうけるのは真の経済的利益であって、これは、現行の価格差益課税を受ける仮空乃至名目利益とは区別する必要がある。

 この見地から価格差益課税がどんな価値を有するかは、すべて、在庫品が正常の活動に必要な量をどれだけ超えているかに関係がある。在庫品の正常在高を決定することは困難であるので、かかる方法で価格差益課税を適用することを容れる余地は全くない。また多くの工場は、現在の特殊な時期において、法外な在庫品を持っていること、少くとも価格の騰貴を予想して貯蔵しているということは信じられない。それ故、在庫物資の公定価格の引き上げの結果生ずる価格差益に対し、六十六%三分の二の-この特別課税を直ちに廃止することを勧告する。

 しかし、価格の増加が価格補給金の削減によるときは、在庫品価額の増加に対して特別の課税を行うことを指示すべき相当の理由がある。補給金の廃止は課税に殆んど等しいものであり、従って公定価格の値上げが価格補給金の除去にその原因を探求され得る限りにおいて、少くとも六十六%三分の二の課税は持続すべきことを勧告する。
原則として税率は百%であるべきであるが価格の上昇の原因を分離するにあたって或る程度の誤差を見ておく必要がある。

C 欠損の繰戻および繰越 (Carry-back and Carry-forward of Net Losses)

 個人については、所得額の変動のもたらす不合理は、一時所得または一時損失の次年度以降への平均を認めることによって、或る程度緩和される。法人には累進税率が適用されぬが、ある年に損失を生じこれを相殺すべき所得がない場合には、同様に不合理が生じる。個人の場合でも、繰越規定が適用されないか、または適用されてもその規定が全損失額および控除容認額を所得と相殺するに充分でなければ、同様の不合理が生じる。

 それゆえ、われわれは次の勧告を行う。すなわち、法人たると否とにかかわらず、納税者がある年度に欠損を生じた場合、この欠損を翌年度以降の損益計算において、繰越して控除しうることとし、欠損額が所得で相殺されるまで繰越を継続するのである。しかしこの制度の濫用を防止するため、この規定は、その印に青色申告書を提出することを許されている所要帳簿(法人化されていなければ)具備の納税者に限って適用すべきである。更に進んで納税者に使用されなかった基礎控除、扶養控除または勤労控除の繰越をみとめることは、税務機構に徒らに過大な負担をかけることになるから、これを許すべきではない。実際に欠損という場合は割合稀であるから、税務署が多額の欠損を主張している申告書を調査し、不正な欠損控除の認容を防止することは可能であろう。
もし使用されなかった基礎控除等の繰越を許すとしたら、よく調べないでも納税義務がないことが明瞭な程度の莫大な数の小額申告書の調査が必要となってくるであろう。

 しかし無制限な欠損繰越制度といえども、あらゆる場合に公平をもたらすには足りない。多くの事業は、完全に業務を廃止する直前には、多額の欠損の時期があり、かような場合には、税を控除しようにも将来の所得というものがないのである。更に、繰越欠損制度が納税者に与える恩恵は後になってからでなくては、あらわれて来ないのであって既にこの時には、欠損の生じた時とくらべれば、この制度の必要性ははるかに減少してしまっているのである。それゆえに、われわれは、欠損の二年度繰戻を納税者に認めるように勧告する。欠損繰戻とは次の制度である。すなわち、納税者は、前年度または前二年度分の申告書記載所得額から、当該年度の欠損を差引き、その年度分または前二年度分の税額を改めて算出し、この税額を超えて実際納付した税額の差額の払戻を請求するのである。

 この方法によって、事業を廃止しようとしている納税者は、事業の最終年度または、その前年度において生じた欠損に対し少なくともある程度税の恩恵を享けることになるのである。欠損しつつある者も、現金の必要がおそらく最も大きい時にある額の現金を直ちに貰えるという恩恵をうけることができる。しかしこの繰戻制度も、その濫用を避けるため、注意深く適用する場合を限定しなくてはならない。これは、(事業が法人化されていない場合)納税者が欠損年度および繰戻年度の両方について充分な帳簿記入を行ってその印に青色申告書の提出を許可される場合に限って適用すべきであろう。
更に、価値の下落した円で表されている欠損を、円の価値がもっと高かった時期に繰戻すのを認めることは適当ではない。したがって1949年度以前の年度へ欠損を繰戻すことは許されるべきではなく1951年度または1952年度から始める方が望ましいかもしれない。欠損を繰戻したときは、同じ欠損を更に繰越すことは許されないことももちろんである。また納税者が一旦繰戻の申請をしたときは、後になって考えを改め繰越に変更することも許すべきではない。しかし欠損は、これを分割して納税者においてその資格があれば一部を繰越し、一部を繰戻すことができる。

 このように限定すれば、繰戻、繰越制度を認めても大した税務行政上の負担をきたさないであろう。それにひきかえ、この制度は、税の公平に著しく寄与するとともに納税者に正直な帳簿を付けさせるための大きな誘因を加えることになるであろう。最初には繰越制度だけがしかも比較的小数の納税者のみに対して実施されることになるから、税務行政上の負担は特に僅少なものであろう。

 数年後において蒙る損失が充分に埋め合わされることの保証こそは、外国、国内資本を問わず日本における投資を促進するために最も重要なことである。

D 棚卸資産の経理 (Inventory Accounting)

 所得税、法人税に関して現在大蔵省によって認められている棚卸資産の経理方法は、加重平均法(平均原価法)唯一つである。種々の旅行中、日本全国の種々の法人および個人の帳簿を手当り次第に調査して判ったのであるが、棚卸資産の経理において特に法人税に関して不統一が多い。
棚卸資産の評価については、熟知されている方法が多くある。(企業の種々の形態について、一定の事業年度の法人または個人の正確な所得を最も正しく見積るには、棚卸資産経理の種々の形態が必要である。)ある産業にとっては、後入先出法または正常在高法を用いることが望ましいかも知れない。また他の産業にとっては先入先出法が望ましいかも知れないのである。全世界において現在使用されているこれらの方法は、合理的なものと認められている。適当な状況の下で、それらを使用すれば、日本の納税者の経理制度は改善される筈である。

 しかし、濫用と税の回避を防止するために、重要なことは、納税者をして一の方法をまたは他の方法のいずれかを選択することを要することとし、それ以後は、その方法に一貫して従ってゆかせることである。

 納税者が自分が一度選択した棚卸資産の経理方法を変更するには、大蔵省の認可を得て初めて認められるべきである。そうすると変更しようとする申請に関連して、大蔵省は所得の計算に一定の調製を要求することによって、納税者が変更を認められる条件を示すことができるであろう。

 従って、次のことを勧告する。
(一) 大蔵省は、棚卸資産の種々の方法しかも日本における産業の形態に適合する方法を広く研究すること。
(二) その研究が完了すれば、大蔵省は、日本の産業に適合した棚卸資産のこれらの経理方法を、納税者の選択によって使用できることを認める根拠法律を作るか、または、もし法律が必要でないとするならば、適当な通牒を出すべきである。
 その通牒には、納税者が一度一つの方法を選択するならば、大蔵省から変更の認可が得られるまで、それに一貫して従う必要があることを規定すべきである。

 研究の結果、納税者は棚卸資産の経理において事業年度中実際に購入した商品の取得価額を評価減することを認められていることが判った。この低評価または割合は、所得価額を若干の割合だけ低減することによってなされている。大蔵省によると、これらの割合は、次の通りである。

財産の種類(棚卸資産に包含された場合) 低減割合
土地
建物
船舶
機械
器具備品
商品(半製品を含む。)
原料

 多くの場合、大蔵省が定めたこの割合は低減額を決定する際に百%も超過されており、しかも税務署の監査によってすらも、何等の調整がなされていないことが判った。

 商品が現在より少く、または量および質において誤まった表示を受けることがより少かったときにおいて、この制度が如何なる価値を有していたであろうかは、ここでは考えないこととする。とにかく現状においては、特に大蔵省によって棚卸資産の合理的経理方法が定められるならば、この制度は、殆んどまたは全然といってもよい程価値がない。従って大蔵省は、直ちに、税の目的のために棚卸資産を取得価額から一定割合を差引いたものに基いて評価することを認めている慣例を止めるように勧告する。

 また棚卸資産の経理についての同一原則が、有価証券業者に対して適用すべきでないという理由はないと考える。更に大蔵省は、有価証券業者に対して、転売のために購入した有価証券の価額を税に関して評価減即ち取得価額の五%という恣意的な割合だけ低減することを認めている。有価証券業者に関する棚卸資産の種々の経理方法が研究されるべきであり、また適当な通牒が出さるべきである。同時に、大蔵省は、税に関して棚卸資産たる有価証券をその取得価額から五%差引いて評価することを認めている慣例を止めるべきである。

E 減価償却 (Depreciation)

 旅行中、種々の会計帳簿を手当り次第に調べてみて、大部分の納税者は、固定資産についてなされるべき減価償却を決定するのに、一定の方針に従っていないことが非常にはっきりした。税の目的のために認められている固定資産の唯一の減価償却の方法は、定率法である。これは、確かに減価する企業資産についてのよりよい減価償却の方法の一であることは認められている。本使節団に対して、特に法人に有利となるように、定額法に基いて固定資産の減価償却を認めるべしとの非常に多くの要望があった。

 これらの他の種々の減価償却の方法は、会計士に十分知られているものである。一般的にいって、一事業年度の真実の所得を最も正確に見積ろうとするならば、異なった種類の資産は、異なった方法の減価償却を必要とするであろう。納税者には、一または他のいずれかの減価償却の方法を使用し、しかもできるならば、異なった資産に対しては、数種の方法の使用を税務当局の甚だしい制限を受けずに使用し得る合理的な範囲の自由が与えられるべきである。
しかし、一事業年度中の納税者の真実の所得が、税を課するために定められるべきであるとするならば、各方法は一貫して守られねばならない。また納税者は、事前に大蔵省の変更の認可を得なければ、その減価償却の方法または各方法によって減価償却されている資産の形態を変更してはならない。大蔵省は、減価償却の方法を変更する結果、納税者の所得計算においてどんな調整が必要とされるかということを要求することによって変更を許可するならば、収入を確保することができるであろう。従って大蔵省は、減価償却の方法に関する研究をなすこと、更に個人および法人の納税者が、使用を許される数種の方法および納税者が一定種類の資産に関して特定方法を選択した後に、一の方法から他の方法に変更することを許される一般的な条件を示す適当な通牒が出されることを勧告する。

 大蔵省自体は、資産の耐用年数を決定し、税に関して評価する必要のある資産の価額を決定する上において、所得税、法人税を取扱う専門家を助ける技術者を持っていない。評価と資産の耐用年数とは非常に特殊化された性質の問題であるので、これらの特殊問題を取扱うために大蔵省に必要な技術者を増加することが必要欠くべからざることと考える。従って早い機会にこの技術者が、以上述べた目的のために大蔵省に採用されることを勧告する。

F 修繕対資本支出 (Repairs Versus Capital Expenditures)

 資本的性質を有する個人および法人の多くの支出項目の控除を適正に統制する方策は進歩していないように思われる。事実、少くとも一例においてわれわれ使節団は、一工場に数百万円におよぶ金額が大きく追加支出されたのに、これが建設の年には、帳簿から落とされており、しかも次の年から納税者は、建物の原価を減価償却し始めたことを発見した。この問題については、大蔵省と議論したし、大蔵省は、既に税務署に対して適当な指示を与える通牒の準備を開始し、如何なる種類の支出が総収入に対する営業経費と認められるべきであるか、またいかなる種類のものが、資本的支出として納税者の資産の帳簿価格に附加され従って適当な減価償却控除を受けるかについて調査官吏に助言を与えることを意図している。一般的にいって資産を修繕する支出は、それが資産の耐用年数を延長するような場合には、資本的支出とされねばならぬ。また一般的にいってそれが耐用年数を延長しないならば、営業経費として取扱われるべきである。この問題は、大蔵省による綿密な研究と地方に対して適当な指示を与える適切な通牒を早く出すことを必要としている。大蔵省は、一般原則を与えて、経費となる修繕と資本的支出となる修繕との間に一線を劃すべきである。

 譲渡所得が全額課税され、減価償却、修繕および棚卸資産の記帳がなされている全部の資産の基礎に対して適当な調整がなされる限り、これらの経理方法の変更は、所得が申告される時期の変更を含むに過ぎないのであって、決して総額における変更ではない。
従って一定額の幅が、これらの項目の経理方法においては、認められてもよい。もしも譲渡所得が、全額課税されないならば、これらの事項に対する制限は、遥かに厳重であることを必要とするであろう。

G 貸倒準備金 (Bad Debt Reserve)

 貸倒引当金の設定を認め、課税所得の算定において、この準備金への繰入額の控除を認めるべきであるという要求が、特に金融機関などの納税者たちによって行われている。原則としてはこれに対しては異論はない。但し、準備金の額が妥当な限界内に止まり、一定時における受取勘定の総計から予想される平均貸倒見込額を示すようなものでなければならない。しかし、国債を購入するや否や大幅に消却する慣行は、正当と認められない。

 貸倒準備金の設定は、何時の年度に不良貸出が価値のないものとして消却されるのが妥当であるかという点に関し納税者と税務官吏の間に紛争が起ることを除去する手段としてある程度勧められている。しかし税務行政に制約を加えることによって問題をより直接に検討することが可能かも知れない。かかる方法はもし研究の結果それが実行し得るものであれば、単に準備金を設ける者に限らず、すべての納税者に適用できるという利点を有するものである。

 本使節団は問題が更に研究を要することを指摘する以外は具体的勧告を行う根拠を与える程に問題を充分研究する時間を持たなかったが、検討さるべき可能な措置として次のごとき示唆を提供するものである。

1、命令で定める制限内で、あらゆる種類の事業に関して、貸倒準備金を認めること。
2、準備金額の最大限度は、各種事業および債権の種類によって区分された受取勘定に対して、命令で定める一定割合とする。
3、今後五カ年間における、かかる準備金の純増加(年度内に消却された債権を超えて所得のうちから負担されるもの)の最大限度は純所得の二十%に、これを制限すること。
4、受取勘定が利子を受取る債権を含んでいる場合または債権の額面金額が全部資産として計上されていない場合は、かかる将来発生する所得またはかかる割引に対して貸倒準備金を設立する際にそれから適当な控除をなすこと。
5、国債については、消却またはその他の準備金は一切認めないこと。そして既に設けられた準備金については、貸倒準備金を認める前にこれを清算すること。
6、回収不能利子、回収不能予約代金およびその他同様な債権については適当な場合において準備金認めること。
7、貸倒金の消却は納税者の記録がかかる消却がなされなかったことを立証する以上、かかる貸倒金がそれ以前に消却されたか筈だという理由でまたは、以前の年に控除した消却が不適当であるという理由で単に税務官吏によって控除を否認されることはないこと。

[# 第七章おわり]