A 租税形態 (The Form of Tax)

 日本の現行相続税および贈与税法は、米国のそれによく似ている。しかしながら、この法律に関する米国の経験は、必ずしも満足なものではなかった。事実、これらの租税は脱税のやり口が発達してきた結果、相当その効力を減じてきている。最近の法廷は益々微細な区別をする判決をするのでこの傾向は早められている。

 日本の現行法は、制定されてから未だ幾ばくも経過していない。従って、その経験は十分に積まれていない。それ故、課税方法を相当改正することは、通常の場合と比較して大した経験の損失とはならないであろう。

 よって、われわれは、米国においてかように不成績に終るに至った道程を、これ以上日本が進むべきでないことを勧告する。贈与および遺産の課税に対して別な観点より検討する方がより簡単であり、またより公平であると考える。

 相続税課税の主たる目的の一つは、根本において、不当な富の集中蓄積を阻止し、合わせて国庫に寄与せしめるにある。このための最もよい租税形態の一つとして、「取得税」がある。取得税は、贈与と遺産の受領者に対する累積税である。これは特定の個人の受領する贈与および遺産の総額に応じて課税する累進税である。その適用方法は、贈与税の場合に類似している。即ち、贈与または遺産を受けたときは、それ以前に受領した贈与と遺産の課税総額にそれを加えて、現行税率によりこの総額に対して税額を算出する。
 同時に従前の累積総額に対して現行税率で税額を算出し、両税額の差額が今回納税すべき税額となるのである。

 か様な租税は、現行の別個に課税される相続税及び贈与税よりもまた両税を綜合したものよりも、諸種の長所を有している。

一、租税負担が各相続人の間により公平に分配されることになる。即ち、取得税においては、総財産に対する総税額は、一人で全部を相続する場合よりも二人以上で相続する場合の方が低くなる。これに反し、相続税においては、相続人の数如何に拘らず、その税額は概ね変らない。前者のような結果の方が望ましい。即ち、一定の金額が多数の人々に細かく分配されることは、同じ金額が一人の手中に集中する場合と同程度の担税能力を有するものではない。

二、取得税は相続税よりもより広範に富を分散することになる。これは、上述の第一項において指摘している点を別の観点からみたものである。即ち、取得税においては、相続財産が数人の相続人に分割された場合には総税額は、通常より低いものとなる。従って、大なる富の集積に対してはより重く課税され、また多額の富を有するものは税額が多くなるから、富をより広範に分割しようとする動機を持つことになる。取得税が累積的であることは、贈与を何度にも分けて与えることにより右の意図を回避しようとするのを阻止する。このようなことは、また未だ他から贈与も遺産も受領していないような人々に対し贈与者をして贈与または遺贈せしめることになる。

三、取得税は、相続税と贈与税とを組合せたものよりも簡単である。即ち、二つの税率に代って単一の税率を以てこと足りる。更に、全体として、複雑な計算が少くてすむ。
一人の受領者が多額の贈与を二回以上受領するということは、一人の贈与者が多額の贈与を二回以上する場合よりも少いであろう。

四、現行の相続および贈与税法では、税率は別個の累進税率であるので、贈与者は生前の贈与と死後の遺贈とのを綿密に使い分けすることが得策である。若し彼が丁度いい工合にこれらを組合わせれば、贈与および相続税額を最少限に節約することができる。取得税では、贈与が生前中になされようと、死後になされようと、税総額には何ら変りない。従ってこの意味においては、取得税は中立的な租税であるが、現行の贈与税と相続税との組合わせは、そうではない。

 取得税は、死時における財産の移転に適用される限り、単なる遺産取得税であり、そういうものとして多くの国々に永い歴史を持っている。生前の贈与に適用される限り、それは所謂贈与税に類似している。それ故に我々が日本に対し勧告する取得税はこの周知の両税を組合わせたものであり、新しい課税形態を実施するに当り何ら危険を伴うものではない。

B 親疏の別による区分 (Graduation by Relationship)

 現行の相続税法は、基本税率の外に、兄弟姉妹および直系尊属に対する遺産には三%の付加税率を規定し、兄弟姉妹、配偶者並びに直系尊属および卑属以外のものに対する遺産には五%の付加税率を規定している。この区分は、恐らく、個人が特定の人より遺産を取得するであろうとの通常の期待が大なれば大なる程、その課税は低かるべきであり、一方遺産の取得が儲けものであるという色彩が強ければ強い程、課税は高かるべきであるとする見解に、一部その基礎を置くものとみられる。

 もちろん、実際には直系卑属がいない場合は、その他の者即ち、兄弟姉妹または甥等は通常の場合に直系卑属が期待するのと同様に遺産取得を期待するであろうから、現行法における区分は十分にその目的に適合していない。それにも拘らず、他にそれに劣らぬ考慮事項がなければ、右のことは現行の区分を放棄するに十分な理由とはならないであろう。

 相続税の気まぐれな性格の一つは、時たま課税されるということである。その間隔は場合によって非常にまちまちである。即ち、ある場合には、短期間に相続税が一つの財産に何度も課税されるが、他の場合には、長期間を通じ只一回しか課税されない。課税の度数により相続税の負担に不公平が生ずるが、これを完全に除去することは全く困難であり、そうしようとすれば可成複雑な租税となる。しかしながら、相続人の種類によって税率区分の基礎を変えるだけで、この方向に対し、何らかの措置を講ずることができる。即ち、相続財産が可成短期間に再び課税されるような場合は、その税率は比較的に低かるべきであり、又相続財産が長期間再び課税されそうもない場合は、その税率は比較的高かるべきである。従って、例えば、最低税率は尊属に対する遺産に、中間税率は兄弟姉妹、叔父叔母等に対する遺産に、可成り重い税率は子供に対する遺産に、最高税率は、孫その他に対する遺産に適用されるべきである。

 生存中の配偶者に対する遺産は、配偶者はそう永く生きながらえないであろうとの予想の外になお考慮さるべきものがある。即ち、相続財産の集積ないし保存は、屡々[# しばしば]夫婦双方協力の結果である。
 このように可成自分の努力に負うような相続財産を継承する寡婦に多額の税を課税するのは不公平である。かくて、配偶者に対する遺産は、両親や他の尊属に対する遺産と共に最低税率の範疇に入れるのが妥当であろう。

 更に、妻に対する遺産を軽く課税すれば、財産を妻でなくして、信託に付して子供に残すことにより税を軽減しようとする手の混んだ信託の工夫をする必要がなくなる。日本は未だ信託の方法は余り進んでおらず、かかる傾向を税からの刺戟によって人工的に助長する理由はない。

 従って、受領者の親疏の別により、何らかの区分が残さるべきであるとするならば、現行の形態より、上述の形態に近いものに改めらるべきであろう。

C 扶養者控除 (Exemption for Dependents)

 現行相続税の控除は、例外なく一率に五万円となっている。しかしながら、故人の後に残された家族の要求は、場合によって可成異なるし、時に未成年者の子供がいる場合は、控除に関してこの点を考慮に入れることができるはずである。相続財産に対する第一の負担は、子供を自立しうるまで養育するに要する費用である。従って、故人が未成年の子供を後に残した場合は、基礎控除の外に、未成年の子供一人につき仮りに十八才に至るまで毎年一万円の追加控除を認めることを勧告する。かくて、若し故人が十才、十四才、二十才の三人の子供を残した場合は、総控除額は、十才の子供の分として残る八年に対し八万円、十四才の子供に四万円を追加さるべきであろう。もちろん、二十才の子供は、十分自立しうる年齢に達していると認められるから、何ら追加控除は認められない。
この控除は、子供に残された遺産に対して、或は未亡人又は後見人のような子供の養育に責任のある人の分け前に対して、認められるべきであろう。

 この控除は年金計算方法で算定さるべきであるという意見がある。即ち右の例をとれば、十歳の子供の特別控除は八万円全額ではなくして、八分の利回りを用いて八年間一万円の年金をうるに必要な総額のみとすべきであるというのである。これは、実際上、納税者又は税務官吏が、各場合に控除を認められる金額を決定する場合容易に覚えられるような簡単な方法によれないで、表をみなければならなくなるであろう。控除金額はせいぜい概算的なものであるから、その結果生ずる公平が極めて漠然と増加するかもしれぬということによっては、この余分な煩雑と困難は弁明されないであろう。実際には表をどうせ使うというのであれば、更に進んで各種年齢に応じて妥当な養育費の金額を調整することが適当である。即ち、例えば三年目には六千円、十三年目には一万四千円等々を認めるのが適当であろう。しかし、これでさえも、かかる表を使用することによって生ずる付随的な煩雑を許容することにはならない。

D 税率表 (Rate Scales)

 現行の相続税の税率表は、最高六十%となっている(傍系の相続人に高額の相続財産が移転されるという稀な場合を除外すれば。)これは所得税の最高八十五%という税率(総負担率の最高は八十%である)に比較されるものである。更に、所得には事業税、住民税、更に或る場合には法人税の如きその他の課税が行われるので、所得の総負担額は、たとえ百%を超えることはないにしても殆んど百%になる場合がある。これに対して相続税の最高には右に相当する付加課税はない。

 一般的に、この関係はむしろ逆であるべきでり、継承(即ち贈与、相続又は取得)に対する最高税率は、所得税と同一の課税標準に対して課税せられるすべての付加税及びその他の租税を含めて、所得に対する総最高税率と少くとも同程度でなければならぬ。

 第一に、高率な継承税は同率の所得税に比して、生産力及び個人の努力に殆んど重大な影響を及ぼさない。継承税は、個人の努力の成果を贈与又は死亡によって処分することに影響を与えるのみである。更に、所得税は、個人のこのような成果の処分及び管理を、成果が上げられたその時から阻害する。多くの場合、継承税は、余りにもかけ離れていて納税者の感覚にそれ程強く感受されないので、彼の努力と生産力に対する税の影響は殆んど認められない。

 第二に、高度累進課税の主たる目的は、少数の人の手中に経済の支配力を集中するような富の過度の集積を阻止するにある。継承税は、富に基礎を置くものであるから、富の集中を処理するに当り、所得税よりも優った選択力をもっている。所得税はその課税の基礎に給与を含めているから、これによって富の集中に一定の影響を及ぼそうとすると、継承税の場合に比して所得努力を阻害することが大きいという弊を伴わざるをえない。
 継承税は、実際に共の集中が存在する場合のみ適用されるに反し、所得税の高税率はそれに比較する程の富の集中がなくて所得が高い場合にも適用されるのである。

 第三に、継承税は、それに相当する税率の所得税に比して、優れた企業経営と産業の能率を阻害することが少い。個人が富を蓄積するのは、彼が事業の運営に優れた技能を持っていることを或る程度示唆するのである。
従って、国家の資源の可成大きな部分がこのような個人の管理の下に委ねられることによって、かかる技能が効果的に使用されることを保証するのは、或る程度迄望ましいのである。所得税は、このような個人の生存中に資源を取り上げるが、取得税は技能の優れた個人を利用しえなくなった後にのみ、その資源を取り上げるのである。

かくて、一定の収入額を上部階層から徴収するに当って経済の運行に対する損害を最少限に止め、且つ経済力の不当な集中を最大限に抑制しようとするならば、相続税の最高税率が所得税の最高税率より高い場合にのみ、その目的は達せられる。例えば、国税とこれに対する認められたあらゆる地方付加税、営業所得税その他一部分純所得に基礎を置くすべての税を綜合した結果が全部でたとえば六十五%となる程度に上部階層の所得税率を引き下げるならば、継承税率は移転者および受領者間のより典型的な相互関係のためにそれに相応する階級に対しては七十%乃至七十五%手度に規定するのが妥当であろう。

 税率表の他端においては、現行税率は十%より始まり、最初はむしろ徐々に増えて行く。これは多数の申告を出させるが、収入は比較的少いことになる。継承税申告は、財産の評価という問題を含んでおり、又年間を通じ不規則に発生するために、その処理は比較的困難である。従って、基本税率の最低税率は二十%乃至二十五%から始まるように引き上げらるべきことおよび、かくて産み出された収入の増加は、より高い基礎控除で相殺さるべきことを勧告する。
 これは相当に行政上の重荷を軽減し、恐らく課税すべき申告数は三分の二程度減少するであろう。またそれは租税の累進性をやや高めることになろう。

 税率表を設定するに当り、取得税は多くの場合相続財産に対し相続人が受ける各部分毎に別個に課税されるということを念頭におかねばならぬ。総額百万円に達する相続財産は例えば十万円から三十万円の四つ又は五つの遺産に分割されることもあろう。従って双方の税負担をほぼ同一のものとするためには、相続税の場合よりも取得税の場合には一定の税率を税表のより低い部分に適用するのが適当である。他方、現行の税率は1947年に採用されたものであり、爾来インフレーションは種々の税率が適用される実質的なレベルを相当引下げている。従って、税率の中間階層においては、概ね現行の水準に据え置くことを勧告する。

E 寄付 (Contributions)

 公益団体に対する寄付は、現行税法の下では、一定の比較的少額の非課税限度を除いては、贈与税と相続税が共に課税される。われわれは慈善を目的とする寄付に贈与税が課税されるという事例を知らない。米国においては、非営利的公益団体に対する贈与の免税は無制限である。

 かかる無制限の免税に対してなされる唯一の重要な反駁は、屡それが、贈与者又は彼の相続人が支配する慈善団体を創設することによって濫用されてきたということである。かような手段によって納税者は、それ相当の税を支払わずに大なる財産に対する支配力を効果的に維持することができた。しかしながら、かかる濫用は、適当な防衛により防止し得るであろう。それ故、非営利的公益団体に対する贈与はすべて、相続税及び贈与税は免除さるべきことを勧告する。
 但し、その贈与者も彼の相続人もその法人の活動から直接または間接を問わず、実質的に利益を受けてはならない(勿論、一般公衆としてのそれは別であるが)。かくてその団体が贈与者または彼の相続人が関係を有する法人の株券を所持していたり又は貰ったりした場合、或は、贈与者又は彼の相続人が所持する財産に隣接する不動産を貰ったり所持していた場合、或はとにかく贈与者と彼の相続人がその団体から特別の利益を受ける立場にあったりする場合には、その免除は認められない。(勿論、完全な代償物がある場合は、この取引は役務の対価に対する支払と解することができる。役務が贈与者の相続人に対して提供され且つ、かかる役務を受ける権利が相続財産の価値に含まれないような不明確な性格を持っている場合には、問題が生ずる。)このような濫用は、贈与の場合よりも遺産の場合に起り易いから、贈与に対しては多少緩和した制限を設けるのが妥当であろう。

F 相次移転の控除 (Credit in Case of Frequent Transfers)

 二度三度と引き続いて移転が起る場合の不当な負担を軽減するために、現行相続税法は前回の継承税が五年以内に課税される場合に控除の規定を設けている。これは妥当な考えであるが、その適用において、五年の制限は、多少気まぐれな作用をする傾きがあるし時としては苦痛さえ惹起する。
この控除をより円滑に用いるため、例えば次回までの移転の間の期間が十年に満たない場合満一年ごとに前回の税額の十分の一づつ控除するよう計算することを提案する。(若しこれ以上細かく分けることに価値ありとする場合は、規則は両者間の百カ月に満たざる期間の満一カ月につき一%づつ控除することにしてもよい。)前回の税が、相続税であるか或は何らかの理由によって今回移転される財産より大きなものに適用されたものであった場合は前回の税額を適当に按分することが必要である。
 この配分は行政上の規則の問題として取上げるべきであろう。

G 継承税に関する勧告の概要 (Summary of Recommendation on Succession Taxes)

一 相続税および贈与税は、贈与と遺産の受領者に対する累積的取得税に取り換えられるべきである。

二 本税においては、行政上の理由により、毎年一贈与者または遺言者から受領する贈与または遺産の中、最初の三万円は控除さるべきである。

三 二における控除の外に、受領者毎にその一生を通じ、十五万円の特別控除が認められるべきである。

四 勧告される税表は次の通りである。

総累積贈与額
(特別控除前)
(単位千円)
総累積贈与額
(特別控除後)
(単位千円)
税 額

(単位千円)
超過額に対する税率
(限界税率)

[# 表中の数字は漢数字を算用数字に置き換えました]

五 遺産が故人の未成年の子供に対して、またはその子供の養育の責任者に対して残された時は、十八才に至るまでの各一年毎に一万円の追加控除が認められるべきである。但し、これは贈与には適用されない。

六 遺産が後に残った配偶者によって相続された時は、他の控除の外に、その遺産の半額が課税から控除さるべきである。しかし、この控除は故人がそれ以前にこの規定の恩典に浴している時は、適用されない。またこの規定は贈与には適用されない。

七 贈与または遺産が、子孫もしくわ受領者よりも若い兄弟またはその他の親類たる故人から送られた時は税額はその三分の一を控除される。

八 遺産の場合に限り、十年以内前に課税の対象となった贈与または相続によって財産を受領した者からそれを受領した時は、その前後の移転の期間の年数が十年に満たない年数につき各一年毎に、前回納付した税額の十分の一に相当する金額を、今回の税額から控除することができる。但し、如何なる場合にも七および八双方の規定を併用することはできない。
「前回の税額」は、この目的のためには、前回の移転に対して支払われた税総額に、(課税後の)前回の移転の価値に対する(課税前の)今回の移転の価値の割合を乗じたものを超過してはならない。

九 取得税の計算上、1949年1月1日以降において特定の個人が受領した贈与と遺産(十五万円を超えた部分に限る)は今後の贈与と遺産とに税率を適用する場合、過去の累積的贈与および遺産の総額に包含さるべきである。

十 贈与者もその相続人も、直接間接を問わず何らそれから特別の利益を受けないような非営利の公益団体に対する寄付は、全額継承税を免除さるべきである。

十一 贈与者は、各一人に対しなされた贈与にして、三万円を超えるものについては、資料を提出するようにしなければならず、これに反した場合には、税額の二十%に相当する罰金を科せられることおよび受領者が税を支払わない場合、その税金額に対して責任を負うという罰則が付せられるべきである(この場合、税額は、贈与の一部となるように計算さるべきである)。受領者は、一人の人から年間に受領した贈与と遺産の総額が、三万円以上になる場合は、課税さるべきや否やを問わず申告書を提出することを要求さるべきである。

[# 第八章おわり]