税制の全面的改革を計画するに当たっては財政支出額を考慮することが重要である。しかし、このことは、まず支出総額を確定し、しかる後に税制の方を何でも彼でもこれに合わせてしまうという意味ではない。予算の歳入と歳出とは別個にこれを計画することはできないのである。

 一定の限界を超えた追加支出を税によって賄うとき、その税制は、不公平と非能率という点で大きな犠牲を払わねばならない。徴税には過度の摩擦が生じ、納税者の道義は低下する。追加支出が、直接税の引上げにその財源を求めるなら、一方に滞納と他方に恣意的な更正決定が発生し、非常な不公平を生むことになる。間接税を増徴すれば、低額所得層は過重な税の支払を強いられることになる。のみならず重い間接税の圧力は、事業遂行の方法を歪める場合がある。極端な課税はすべての生産を低下させる原因ともなる。結局、政府の新規事業の必要性の緊急度と、そのため追加資金が必要となったため税制内に発生する種々の困難とは彼此対比して均衡を保っていなくてはならないのである。

 今日本はこの種の困難に直面しているのである。この困難の一部分は、時が経って、日本の納税者と行政官とが最近の改正に慣れてくるにつれて解消するだろう。日本国中殆んどどの世帯も適用を受ける所得税をはじめとして、日本が近代税制の幾つかの要素を採り容れてからまだ僅かに二年しか経っていないのである。

 厳格にいって、政府の支出に関する事項は、われわれの報告書の範囲外にある。が、個々の支出に関する計画については勧告はしないが、われわれが、税制の摩擦度と財政支出の緊要度との比較に関して抱いた若干の全般的な考えを記すことは差支えないであろう。

 国の予算のうちには一般会計が設けられ、租税収入、煙草専売益金、および雑収入はこれに含められている。また幾つかの特別会計が設けられているが、その中でここで問題となる最も重要なものは見返資金である。見返資金は、日本政府が米国からその対日援助計画に基いて受け取る食糧その他の物資を、日本政府が日本国民に売却して得た売上金によって形成されるのである。

 一般会計の支出は、政府の通常の活動に要する経費を含んでいる。しかし、陸海空軍費は全然認められず、また実際上恩給および国債利子の支出もないと云ってよいくらいである。他面、企業に対する巨額の補給金があり、これによって業者は生産費以下の低価格でその生産品を売ることができるのである。更に終戦処理費という巨額な占領費もこれに計上されている。(しかしこれは、見返資金に現われている米国の援助によって十分つぐなわれている。)また、地方団体に対する少からぬ補助交付金も国の予算に計上される。最後に今年度は多額の剰余金があり、これは国債の償還に充てられることになっている。

 見返資金の使途は、主として政府および民間企業に、工場および設備の新設、老朽設備の復旧のために投資を奨励することにある。しかし、見返資金の相当な部分は国債の償還に充てられるであろう。

 四十六の都道府県、数千の市町村の今年度収入の半ば以上は、市町村固有の租税、手数料等(任意的寄付金を除く。)によるものである。
過半の収入は、既にのべたように、政府から受けとる補助金に頼っている。加之、地方団体は、支出の一部を負債の増加で賄っている。

 政府および地方団体の支出を本年度の計画、来年度の予想に従って概観した結果われわれは次の結論に到達した。

 第一 地方団体に割当てられた機能を果たすために必要な追加支出の必要性はきわめて大きい。

 第二 価格調整補給金の必要性は大して緊急なものではない。補給金を現在の水準通り維持することは、このため生ずる税制上の圧力と比較して犠牲が大きすぎる。

 第三 来年度において今年度と同率の国債償還をする必要性は、国債償還に利用しうる他の方法を考慮に入れるならそれ自体現行税率を無理して維持しなければならなぬほど緊急なものではない。われわれは、インフレーション再開の危険がなくなったなどとは考えていない。国債の償還は継続すべきものであり、しかもそれは地方債の増加額を相当上回る規模において行わるべきである。このドッヂ経済安定計画の核心は慎重に守らなくてはならない。しかし、1950年度には正確にいくらの国債を償還すべきかというような金額に関する質問には現在(1949年8月)では答えられない。もし1950年度も1949年度の計画と同額の巨額な国債償還をつつけねばならぬということになると、われわれはその負担のより大きな部分を見返資金に引受させ、これに伴って税による部分を減少させるようになるだろうということだけを指摘するに止めよう。特に注意すべきことは、見返資金の投資分の支出は減少し、公債償還分の支出が増大することになるということである。もしこうしないと税制上非常な無理を免れなくなるからである。

結局、われわれは、国および地方の税制は、1950年度の税額が今年度予算額よりも、全体として少し少くなるように定められるべきものと考える。地方税収入はこれを増加すべきであり、国税収入は右増加額よりも若干多く減少すべきである。この結論は、政府の地方団体に対する補助金が増加し、一般会計中の他の支出が著しく減少するという仮定の上に立っている。この結論はいわゆる任意的寄付金が現在行われているということを一応考慮に入れていない。任意的寄付金は当局が徴収または借入れの能力を欠いているので、日本全国各地方にわたって、校舎を新築したりまたその他の地方的活動に資金を供給したりするために募集されているものである。この寄付金はただ法令によらないという一点を除いてあらゆる意味で税であるから大体において税と考えてもよいであろう。今この非公式な出損を税として数えるとすると、地方団体の税収入が増加するため来年度には寄付金は大部分繰返されないと予定されるから、われわれの勧告は国税、地方税総額は大巾の減少を求めていることになる。

 右の考察を数字でもって明らかにするために、次に概略の表を掲げておく。見返資金表中の疑問符は、見返資金を債務償還と投資とにいかに割振ったのが一番適当であるかということを推定するには時期尚早であるということを示す。現に、今年度の見返資金ですら、どれだけを償還に充て、どれだけを投資に充てるかということは決定されていないのである。任意的寄付金の項に対して付けた疑問符は、その金額が不明であり、この推定は甚だしく誤っているかも知れないということを示す。

 この表は、来年度には、国の税収入は六百億円方減額し、地方の税収入は四百億円方増額し差引二百億円の税収入を減額することになるというわれわれの全般的意見を示す。
もし、任意的寄付金をも税に数えるならわれわれは総額にして五百億円の減額を勧告していることになる。

 税率引き下げの点については、1950年度のために立案されている軽減は、これらの数字の示すよりもはるかに大巾なものである。詳細は第四章で述べるが、いろいろの理由から個人所得税率は大巾に減額する。すなわち、実際の収入減は、税率の引き下げと比例はせず、それよりもかなり小さいものであろうということが予想されるからである。

第一表 千九百四十九年度および五十年度の歳入、歳出計画(単位十億円)

註(A)本年度において地方団体により返済される五十億円を差引く前の総計
 (B)重複計算を避けるために計から除いた
 (C)三千四百十億円の予算上の数字に寄付金によって賄われた経費を加えて僅かの調整をなしたもの

[# 底本は表中の数字は漢数字ですが算用数字に置き換えました]
[# *1)は「増減」と「差引」が同じ第一表のなかで使われ、ページ送りされたBの最初の項目名では「差引」と表されています]
[# 表中の注記号が(a)(b)(c)(A)(B)とあり、(a)=(A),(b)=(B),(c)=(C)と同じものを指すものと思われます。表記は底本のままとしました。英文も参照]

 1949年度の残余期間においては、中央政府支出は予算額を僅かに下回るのではないかということが明らかとなっている。何れにせよ、所得税の問題はきわめて逼迫しており、これに対して今年中に何らかの勧告による改革措置を実施しなくてはならない。
 われわれは今年度国税収入を予算額よりも五十億円方減少させることを勧告する。すなわち、税制を改革して所得税収入を百五十億円減少させ、酒税収入を百億円程度増加させて差引五十億円減少させるのである。この改正に関する詳細は第四章、第五章及び第八章において述べる。

 第一表に掲げる支出額は、詳細な研究に基く確固たる勧告というよりも、われわれの意見を明らかにしたという程度のものであるが、同表の租税に関する数字は、われわれの四ヶ月間にわたる日本税制研究の成果を表すものであると考えていただきたい。従って、その数字は税制において数々の改正をすることを意味している。第二表は1949年度予算額に対する1950年度の収入の増減について、重要な変化を示すものである。所得税収入は三千百億円から二千九百億円に減少することになる。二千九百億円の中二十億円は個人の純財産に課する税である。

 法人税八十億円の増収は以下三点にわたる勧告の結果である。すなわち、超過所得税を廃止すること、減価償却計算に対して資産の再評価を許すこと、および資産の再評価による増額分に対して課税すること、がそれである。最近の数ヶ月における法人税徴収実績に照してみれば、1950-51年度の見込額三百五十億円は控え目である。それは容易に四、五百億円に達するであろう。(第七章、A節)酒税収入における百五十億円の増加は、酒税の引上げの勧告を表わすものである。織物消費税は廃止すべきである。これによる収入減は百七十億円である。取引高税も廃止すべきであるが、これはただ政府支出が第一表に示す通りに減少した場合に限る。1950年度の政府支出が六千八百億円程度にしか減少しないときは、取引高税は存続させるべきである。

 地方税についていうと、われわれにはそれが望ましく思われるのだが、都道府県の1950年度の租税収入額は、1949年度予算額以上に引き上げないと想定するならば次のような税制の改革を勧告する。

 道府県は今後住民税、地租、家屋税に関与すべきではない。しかし、入場税および遊興飲食税は都道府県の専属の所管とし、更に改正後の事業税収入全額も都道府県の収入とすべきである。第十三章に説明するように、新事業税の課税標準は現行の純所得額より若干拡張すべきである。
 入場税の税率はこれを百%に引下げ、不動産取得税は廃止すべきである。

 市町村についていうと、1950年度市町村税収入は1949年度より四百億円方増収を図る必要があると予想される。この予想が容れられるとすれば、市町村は住民税と地租、家屋税の全額を与えらるべきである。住民税は改正し、現在の二百三十億円の見込みより年四百億円近く増収となるようにすべきである。地祖、家屋税は全面的にこれを改正し、土地および減価償却をなし得る資産に対する課税となるよう、また現在の百四十億円を五百億円の収入となるよう拡張すべきである。既に述べたように、事業税は、市町村税からは除くべきである。入場税および遊興飲食税もまた然り。また市町村は不動産取得税の撤廃によって収入を減少することになる。

 しかし、市町村税がこのように課税力を追加されるならば、市町村はいわゆる任意的寄付金の形でその住民に向けてきた要求を大部分失くするものと考えられる。この寄付金は実質的には税に属するものであるが何ら予算に表われて来ない。このためわれわれは寄付金の総額を確定することができないが、もし今年度の寄付金総額が四百億円に上るとするなら、その額は1950年度には百億円に減少するものであると考えられる。
この寄付金による収入は第二表に計上されていない。

 「その他の税」からの百二十億円という案に関する勧告については、第十三章で述べる。

第二表 第一表の歳出水準を仮定し、この勧告の主要点が歳入に対して及ぼす影響(単位十億円)

 (A) 取引高税の廃止は、政府の歳出が第一表に規定している水準まで、実際に減少しない限り、これを勧告しない。

[# 底本では表中の数字は漢数字ですが算用数字に置き換えました]
[# 表中の注記号が a とあり、注部分の(A)と同じものを指すものと思われます。表記は底本のままとしました。英文も参照]

[# 第三章おわり]