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制作者メモ:
このファイルは2001年当時「坂口安吾新発見未発表原稿」として、雑誌「すばる」(集英社)2001年6月号に掲載された2編の原稿のうちの1編です。当時パソコンにテキスト形式で保存していたものですが、HDの肥やしとなっていたのが偶然できてきたので、HTML化してみました。底本の雑誌はすでに手元になく、このテキストの厳密な再現性は保証できませんので、あまり役にたたないとは思いますが、メモ代わりに残しておきます(もっぱら自分用)。
正確なものが必要な場合は図書館等で閲覧してください。なお、「インチキ文学ボクメツ雑談」はその後出版された、坂口安吾「堕落論・日本文化私観 他二十二篇」 (岩波文庫) ISBN 978-4-00-311821-4 に収録されています。
なお、もう1編は「わが施政演説」 です。

注) [#   ] は制作者注、/\は2倍のおどり字をあらわす。

坂口安吾「インチキ文学ボクメツ雑談」

 本日(一九四六年七月七日・日曜)朝食の折から一通の速達が舞ひこんできた。差出人は白鴎社[# 鴎は區+鳥を使用]・雑談会・立野智子女史とあり、曰く、インチキ文学撲滅論(枚数十五枚)を書くべし云々とある。直ちに(と申しては失礼だが)御辞退の御返事を差上げようと思つたのだが、さて、どういうふわけだか、突然笑ひがこみあげて、これが却々とまらない。やうやく笑ひをボクメツして食事にとりかゝると、又、こみあげてくる。閉口した。

 日本国の始まりはアマテラス大神で、下つて卑弥呼といふ女の王様が九州で幅をきかせてゐた由であり、当今デモクラシーの新日本となつて忽ち三十何人だかの婦人代議士が現れ、男の子はダメである。立野智子女史にはお目にかゝつたこともなく、どういふ御方か知らないが、これも相当の人物に相違ない。日本の文化界はだらしがなく、未だに旧態依然として男の子が編輯の席の大半を占めてゐるから、全然ダメである。活気に乏しく、勇壮活溌の気風なく、遠慮深くジメ/\として、改新断行突貫撲滅の大精神に欠けてゐる。近頃は僕のところなどへも雑誌社の人、新聞社の人、色々と訪問にあづかるけれども、みんな男の子だからダメなので、せゐぜゐ「大いに力作をお願ひ致します」などゝとはにかんで言ふぐらゐ、日本革新の大気風など微塵といへどもないのである。だから今朝はからずもインチキ文学撲滅の大命を拝して、僕がすくなからず慌てたのも、僕自身が男の子だから旧態依然として身を以て世の新風を解してをらなかつたせゐであらうと思ふ。

 それにしても立野女史ともある御方がどう間違へて僕如きに向つてインチキ文学撲滅の命令を発したのだか、すでに政界には三十何人かの代議士あり、文学界といへども何々タイ子女史とか何々直子女史とか腕力衆にすぐれ突進又突貫殺人センメツ水もたまらぬ方々があるではないか。

 不幸にして三日ほど前、僕は東京新聞のもとめに応じて文芸時評をやつた。僕は元来筆不性以上に読み不性で、月々の雑誌など読むためしがないので、文芸時評はやらないことになつてゐたが、東京新聞のヨリタカ君は彼が帝大生で碁の主将をしてゐた時代、ふと知り合ひ彼は僕に碁の教授をしてくれた。即ち先生で、男の子はダラシがないもので、外ならぬ先生のたのみであるから三度に一度は仕方がなく、ムニャ/\引受ける。翌日からヨリタカ先生に入れ代つて寺田君が連日十冊ぐらゐづゝ雑誌をとゞけて来て之も読めあれも読めといふ。因果であつた。僕も心中決するところあり、たまには日本中の雑誌をみんな読んでやれ、驚くな、といふ魂胆になり、みんな読んで、あげくの果が、永井荷風先生、宇野浩二先生、瀧井孝作先生方を始め悪口雑言、無礼妄言の数々、性来のオッチョコチョイで仕方がない。この文章が立野女史のお目にとまつたのであらう。

 不幸にして僕にはインチキ文学ボクメツの勇壮遠大な雄図はないので、まして「ボクメツ」の自信はない。のみならず、困つたことには僕自身がインチキ文学の作者であつて、正真正銘の文学に縁の遠い筋素性の悪さを自覚してゐる次第である。

 荷風先生浩二先生孝作先生等々をヤッツケたとて「ボクメツ」してゐるわけではないので、いはゞ自戒の一法であり、先生方をボクメツするよりも自らのインチキ性を憎み咒ひ常にボクメツを念じてゐるため、はからずも思ひがこもつて、人をボクメツするかのやうなアラレもない結末となる。なんぢやう諸先生方をボクメツし得んや。因果はめぐり、自らをボクメツするのみ、僕のインチキ・ボクメツはたゞ自戒自戦自闘です。とても何々女史のやうに一刀両断、バッタ/\と右に左に藁人形を斬り倒すやうに行かない。僕はたゞ自分を斬つてゐるだけ、自分のインチキ文学を憎み咒ひ、悪戦苦闘、あげくの果の狂態、僕はダメです、男の子だから。そして僕はともかく作家だから。僕は自分を知つてゐます。自分のことが全部です。

 女史達はサッサウと、勇ましく、前進、あゝ、スバラシイなア! インチク文学ボクメツと仰有る。さう考へてゐらつしやる。ボクメツの自信も手腕もおありに相違ない。男が兵隊になつて、戦争をするなんて、とんでもない間違ひだ。学問だつてさうで、プレシュウズといふサッサウたる学者団は女史達で、ハムレットは男の子にきまつてゐる。

 世の中は出直さねばならぬ。根本から。男はボクメツされねばならぬ。女史達とその偉大なる正義によつて。新日本万歳!

(七月七日・正午)